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SCC新刊 古の時代から、この国を闇から操ってき名家上杉。幼い頃この家に、次期当主として『買われて』きた少年。そして側近である男。 高校生に成長した高耶は、いつの日からか、ギクシャクしてしまった直江との関係に傷付き、そして諦めていた。そして現れる『兄』産みの両親の過去、高耶の真の姿……家政婦である女、綾子が全ての鍵であった。 フルカラー 236P 表紙・藤城らいなさま
それを見て、直江が動いた。 「直江?」 緊張に喉を鳴らす高耶の前に、ス、と直江が出てきたのだ。己を庇うような行動に、高耶は顔を強張らせる。それは直ぐに、怒りへと変わった。 「ッ」 庇われた――― 「直江てめえッ」 屈辱に上がった声を、直江は冷静に遮った。 「高耶さん、下がって」 「なッ」 それと同時に、ぶわっと音と立て、赫黒い塊が飛んできた。 「うわッ」 バチッ 高耶は思わず、声を上げていた。 直江の翳した数珠とぶつかり、塊は弾き飛ばされる。宙で散り散りとなった塊は、ゆっくりと引き寄せ合い、一つとなってしまった。 一度散った所為で、原型から変化している。それはまるで、福笑いで失敗した顔のようだ。しかも、倍以上の大きさになっていた。 益々化け物じみた、気持ちの悪い見た目となった塊に、高耶は顔を引きつらせる。同時にふつふつと、怒りが込み上げてきた。 この化け物に、そして〝力ない者〟扱いをする直江に。 「……な」 俯く高耶の口から、小さな掠れ声が無意識に零れる。 「高耶さん」 あくまでも下がらせようとする直江に、上がった高耶の顔は怒りに歪んでいた。 「黙れよ……刀よッ!」 「高耶さんッ」 大きな呼び声に、直江は思わず振り返る。そんな男が止める間もなく、高耶は直江の脇をすり抜けた。手には声に反応し現れた、鈍く光る日本刀が握られている。刀からはゆらゆらと、炎に似たものが立ち上がっていた。 そんな刀を両手で構え、高耶はにやり、と愉しそうに嗤みを浮かべる。 「来い……ぶった斬ってやるよッ!」 「高耶さんッ」 止める直江を無視し、高耶は刀を構え、塊に向かって突進した。 上杉は、呪術師ではない。呪文の類を唱えたり、言葉を使ったりはしない。様々な神具で、悪霊を殲滅するのだ。 上杉、そして上杉の眷属となる一族の血を持つ者のみが、神具を使いこなし、そして〝異なる存在〟を操る事が出来た。その能力は、遥か太古の時代から脈々と続いている。 「死ねッ!」 前回は、護符で何とか抑える事が出来た。だがこうして、それでは太刀打ち出来ない程成長してしまった。だったらここで――― 「終わりにしてやるッ!」 人間離れした跳躍力で、高耶は悪霊の塊に向かって飛び、 「消滅ッ!」 蒼い炎を纏う刀を振りかぶった。 『―――』 ぶしゃ――― 瞬間、音にならない粘着音を、高耶は確かに聞いた。 殺してやる殺してやる死にたい死にたい死にたい殺して殺してやる死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね殺して死にたい死にたい死にたい殺してやる殺してやる殺してやる死にたい死にたい死にたい死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね殺してやる死にたい死にたい死にたい―――― 死にたくない―――― 「あぐぅ……ッ」 頭に直接捻じ込まれる願い、と言う名の呪詛。 煩い 煩い 煩い 狂う――― 思考が真っ白に……真っ黒く、闇に染まり――― 「高耶さんッ」 「はぅッ」 引き摺らそになる意識が、一瞬で引き戻される。髪の毛ごと、強く引っ張られた乱暴な感覚だ。 「ぁ……っく……」 呼吸が戻ってきた高耶は、肺いっぱいに、喘ぐように酸素を吸収した。樹海の中、あれだけ濃厚に漂っていた臭気は殆ど消えている。 「は……はあ……」 堪らなく美味しい空気に、何度も繰り返し深呼吸を繰り返した。 「はあはあはあはあ……」 「どうやら無事のようですね……」 自分の腕の中で、ぱしぱしと目を瞬く高耶の様子に、直江は安堵の息を吐いた。 「え? は?」 「まったく……」 呆れを隠さない直江に、高耶は男に抱き起されている己の状況に目を丸くした。 「あ」 そうか……直江に引っ張っられたのか……先程までの事を思い出し、小さく息を吐いた。そんな高耶に、直江の顔から表情が消てゆく。 「無茶は止めてください」 見慣れてしまった、冷淡な眸を向けられ高耶はギュッ、と拳を握った。直江の声に潜む、何かに耐え、必死に抑えている音に気付く事なく。 「無茶……?」 「ええ、無謀と言った方がいい。あんな……無事だったから良かったものの……」 直江の言葉に、不本意にも庇われた事を思い出す。 珍しく説教してくる直江にカッとなったが、高耶は憤りを何とか飲み込んだ。こんな風に口煩い直江に、何故だか胸が痛くなったからだ。懐かしさと…… 「……」 逃げるのではない、顔を見られたくないだけだ。 俯く高耶は、痛みの意味を知らない。だから今は、見ない振りをしよう。それがいいのだと、本能で判断する。 「……片付いたんだろう……だったらいいだろうが。おっさんだって文句ねえだろうし」 吐き捨てると、乱暴に男の手を振り払い立ち上がった。いきなり立ったので、クラリと立ち眩みが高耶を襲う。極度の緊張状態が解けた所為か、躯が脱力していた。 「ッ」 倒れそうになったが、何とか自分の足で踏ん張る。そして、改めて樹海を見回した。 さわさわ さわさわ 風が通り、葉々が擦れ合っている。 日があまり届かず、薄暗い事に変わりはない。それでも普通(・・) の樹海の姿が、そこにはあった。その事実を目の当たりにし、高耶は喜びよりも、強い安堵を感じていた。 「……」 臭気は、完全に消えた訳ではない。だがそれは残影のようなもので〝本体〟の気配は消えている。それでもあの塊の残像が残っていないか、注意深く観察した。 「消えた……」 消えている。もうあれ(・・)は、この世界に残っていない……成 功したのだ。 「はー……」 力が抜け、深い溜息を吐く。 あの刀は、上手く機能しない事が今まで何度かあった。だからこうして殲滅出来た事に、心底ホッとする。これで失敗でもしていれば、後で譲に何を言われるか分からない。 あの笑顔で、誰もが騙されるであろう柔和な笑みで、じわじわと甚振ってくるのだ。 一応〝家族〟である少年の笑顔を思い出し、殲滅出来た事に改めて安堵していた。 自分の〝力〟の不安定さに自覚はあるし、直江に言われなくとも無謀だと分かっていた。それでも、あの時はやるしかなかったのだ。 「斬れた……」 無意識に、高耶の口から言葉が零れていた。それは決して、誰に対して言ったものではなかった。それなのに、 「ええ」 聞こえてきた声が妙に近く、思わず慌てて振り返ってしまった。 「そのようですね」 何時の間にか直江が、背後に立っていた。そんな男に、高耶は無意識に躯を引いてしまう。 「……」 今日の直江は、何時になく雄弁だ。同時に、険のある言い方をしてくる。成功したと言うのに、何故こんな言い方をされねばならぬのか。 苛々と高耶は、昔は守役で、今は側近……監視役である男を睨みつけた。 「終わったんだからいいだろう……帰るぞ」 これ以上、相手にしていられない。 ふん、と踵を返した高耶は、元来た方向へ、樹海の中を歩き始める。 これ以上、直江の顔を見ていたくない。一刻も早く、この空間から抜け出したかった。それなのに、それを赦してくれない手があった。 「……なんだよ」 ガシッ、と腕を掴まれ、高耶は足を止める。止めざるえなかった。腹立たしいが、振り払うには男の力が強かったからだ。 「話は終わってませんよ」 「ッ」 地を這う声に、高耶は背中を震わせる。怖い、と思ってしまった己の気持ちに苛立ち、乱暴に直江の腕を振り解いたのだが、 「くッ」 直江の手は、離れてはくれなかった。余計に強く、握り込まれてしまったのだ。 「終わってないって言ったでしょう」 抑揚のない声、そして強く掴んでくる力。 「……」 怖い、直江が怖い。 それでも、そんな事は認めたくないし認められない。 「な、んだよ……オレは話なんかねえし……ッ」 爪を立てられ、腕に痛みが走った。高耶は驚き、弾かれるように直江を見た。 「な」 そこには無表情でだが、怒りに満ちた男の顔があった。 「……死んでいたかもしれない」 低い低い、唸り声。 「な、お」 「あの悪霊の〝悪意〟は深く内部で増殖を続けていた……もしあなたの〝刀〟が発動されなかったら……分かっていますか、確実に取り込まれ……」 ギリッ 更に爪は、高耶の柔肌を抉ってきた。 「痛……ッ」 「死んでいたんですよ」 溢れる感情に震える声、そして突き立てられる爪。 「こんな所で」 表情と行動の、噛み合わない男が恐ろしい。 この男は本当に、子供の頃から知っている、高耶の知っている直江なのか? 「死んでいたんですよ」 「……死、んでねえよッ!」 「高耶さんッ」 とうとう、直江の声も大きくなる。堪らなくなった高耶は、渾身の力で男の腕を振り切った。 「うるせぇってんだろおまえはッ」 恐怖よりも何よりも、高耶は不安を振り切りたくて声を荒げる。何でもいいから、直江を黙らせたかったのだ。 「おまえッ、直江、出しゃばるのもいい加減にしろよなッ」 「高耶」 「オレがここでくたばろうがッ、おまえに関係ねえだろうがッ!」 興奮に、涙が滲んでくる。必死な高耶はだから、気付く事が出来なかった。 「……」 その瞬間、直江の周りの空気が、一気に冷えた事に。 「……関係ない……?」 「あ、つッ」 油断していた高耶は、再び腕を掴まれてしまう。優しく、だが強い力で。 「痛って……」 「関係ない、って言うんですか?」 あなたが? 俺に? 言いながら直江は、信じられない行動に出た。 ************************************************** 「あなたが何故この人を連れて来たのかなど、どうでもいい」 「ふむ」 「今直ぐに、帰らせていただく」 「……それは、三郎を連れて、と言う意味か?」 「当然でしょう。それ以外になにか?」 「……」 睨む男に、直江はだがある部分が引っ掛かった。 高耶が幼い頃、北条三郎として生きていた事を直江は知らない。だが直江は敏い男だ〝三郎〟が高耶を指していると悟っている。 高耶を高耶と呼ばない〝兄弟〟が、酷く直江の癇に障った。はっきり言えば、胸糞が悪い。 「三郎……?」 鋭く返す直江に、氏照は鷹揚に頷く。 「そうだ、この子は三郎、北条三郎だ。私の大事な弟のな」 苦々しく顔を歪め、直江は高耶に視線を移した。 「高耶さん」 「……なんだよ」 「話は後だ、直ぐに戻ります」 「……」 「いいですね」 氏照の言葉に、心が揺れたのは否定できない。だが実際北条に帰るなど高耶にとって、非現実的である。 それでも、こんな風に高圧的な物言いは面白くない。これでは文字通り、命令ではないか。 昔の直江は、こんな風ではなかった……本当の兄のように、厳しく、だが優しかった。 「……」 優しい思い出は、惨めになるだけだと分かっている。それでも、無いよりはマシだと、そう思っていたのに…… 「……おまえには関係ない」 気が付けば、そんな言葉が零れていた。そんな事、言いたくなんかないのに。 「高耶さん?」 俯く高耶の、膝の上の拳は震えている。持て余してしまう感情故だ。 「高耶さん」 「うるさい」 「あなたは何を」 「うるさいんだよッ」 伸びた手を払われた直江は、勢いよく立ち上がった高耶を呆然と見上げた。 「あの……氏照……さん」 何と呼んでいいのか分からない高耶の苦肉の策だ。少年の戸惑いを理解する男は、苦笑で頷いた。 「なんだ」 「オレ、帰ります」 「……そうか」 「はい」 小さいが、はっきりと答える高耶の声に、氏照は静かに目を伏せる。 「三郎」 「……」 「重々、気を付けるのだよ」 「……」 先程は、あれだけしつこく詰め寄ってきたのに。 「三郎?」 「……はい」 いきなりあっさり諦められてしまうと、何だか心許無い気持ちになってしまう。己の心が弱い所為だと分かっているが、やり切れない気持ちに高耶は拳を握り込んだ。 「手当……ありがとうございました」 ぺこり、と小さく頭を下げ、高耶は静かに部屋を出ていった。 「小太郎」 「は、お送り致します」 高耶に付き従うように、小太郎もまた部屋を後にする。そして、何故か直江は座ったままであった。 「……」 「……」 座卓を挟み、二人の男は少しの間沈黙していた。互いの腹の探り合いは、瞬時に終了する。 「直江殿」 「はい」 「三郎を守ってほしい」 「え?」 思いもしない言葉に、直江は虚を突かれてしまった。 認めない、赦さない、そして渡さない、などの言葉をぶつけられると予想していたからだ。 だが直ぐに、気を引き締める。守らねばならぬ何かがある、だからこその言葉だからだ。 「高耶さんに、何かあるんですね」 疑問ではなく、断定だ。 男の言葉に、氏照は苦渋を飲み込む顔で頷いた。 「……兄が……何か仕掛けるかもしれん……」 ************************************************** ズキズキ ズキズキ 痛みが酷い。痛くて死にそうだ。こんなにも激しい痛みは知らない。 ズキズキ ズキズキ 「ぅ……」 頭痛で目が覚めるなど経験はない。そもそも頭痛など、極偶に熱を出した時にあった程度だ。これまで殆ど、縁がなかった。なのに、 ズキズキ ズキズキ 躯の奥から、何か得体の知れないものが、訴えてくる……そんな強烈な痛みである。 「……や……」 違う、違うぞ……痛いのは、頭ではない。 「くぅ」 頭じゃないなら何なんだ……? 「あ、く」 混乱の中で、痛みに転がっていた高耶の耳に、よく知った、知りすぎている声が飛び込んできた。 「なッ」 グラスを持ったまま、直江は部屋の前で目を見開いた。高耶が、意識を取り戻しているではないか。 目覚めた時の為、水を用意しておこうと直江が席を外した間であった。 「高耶さんッ」 部屋に入った途端、高耶が呻き声を上げていたのだ。直江が息を止めてしまったのも無理はない。 「高耶さんッ!」 目覚めた安堵よりも、ベッドの上で痛みに苦しむ様に、一瞬で心臓が降下する感覚に襲われる。 「痛ってぇッ」 「高耶ッ」 痛い……苦しいのではなく、痛みに高耶は襲われているのだ。 咄嗟に直江の脳裏に、高耶が喰らった蒼の炎が浮かび上がる。 「高耶さんッ!」 「痛ぇッ、痛ぇよなおえ……ッ」 ベッドの上でのたうち回る高耶を、慌てて抱き締めた。こんな事で痛みが消える筈がないと分かっていて、それでも抱き締めずにいられなかったのだ。 「なおえなおえッ」 「俺がいますッ、ここにいるからッ」 その瞬間、直江は見たのだ。 「高耶さ……」 高耶が己の、目を抑えているのを。 左目―――何故――― 「高耶さ、ん」 ゾクリ 冷たいものが、脳髄から足先まで駆け抜ける。それは不吉な現象で、直江は己の心拍の大きさに吐きそうになった。必死でそれを飲み込むと、やがて静かになった高耶の顔を覗き込む。