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夏コミ新刊 物語は、40巻 266Pから始まる。 高耶は直江の腕の中で静かに逝った。そして高耶は実体のない「別の次元」に発生していた。意思だけを持つ「思考体」として。 織田との決戦に臨む直江を、そっと見守り、そして終には、魂が粉々に砕けてしまう。そんな高耶の欠片を胸に、直江は換生を、戦いを続ける決意をするのだ。 高耶はただただ優しく、直江を包み込む。 高耶が消滅してから、百数十年の時間が流れていた。 直江の魂にも、とうとう限界が訪れる。そして起きた奇跡。 直江の最大であり唯一の『願い』が叶った瞬間、それは…… 優しく暖かで、綺羅綺羅と、二人を優しく見守り続ける世界――― ファンタジー・40巻・直江を見守る高耶の旅・40巻から百数十年後 表紙 藤城らいな様 通販はこちらでも↓ http://kasei.oops.jp/cgi-bin/order3/index.cgi
(でも、不思議だ) 霊体でもない今の状態の名前を、高耶は知らない。謙信も他も、誰一人知らなぬ何かだ。 霊界でも冥界でもまた、これまで〝仰木高耶〟が生きてきた現代人の世界でもない。だからここはきっと、 (また別の世界なんだな……) 答えはストン、と落ちてきた。 そもそも、幾つ〝世界〟があるのかなど、誰にも分からない。もしかしたら、もっともっと、無数にあるのかもしれない〝何らかの世界〟が。否、そう考える方が自然である。 (うん) 一人納得した高耶は、再びじっと、大事だった、そしてこの先永遠に大切な男を見下ろした。 (あ) 直江が動く。 (譲?) 俯いていた直江は顔を上げた。男の視線の先には、親友で……どこまでも親友である成田譲が佇んでいた。 譲は直江に亡骸を、あの泉に沈めるように頼む。それを聞いていた高耶の目元が、柔らかく緩んだ。 (うん) 天御柱で出来た水だ、魂無き躯でも、そのままに保存出来るのだろう。 流石は譲である。 (あ……) 直江の手が、髪に頬に触れた。こうして離れて宙にあると言うのに、優しい感触が伝わってくる気がする。肌に髪に、あの男の温度が蘇ってくるのだ。 (直江……) 最後に口つけをされ、顔が熱くなった気がしてしまった。そして、 (嗚呼) 音なく沈んでゆく自分の躯(器)を、不思議な感慨を持って見詰めていた。 (あれ?) なんだかとても、心地良い。そんな筈はないのだが、泉の水が、肌に優しく纏ってゆく。 …………。気持ちよさそうだね。高耶。 譲の、直江へ向けての〝言葉〟はそのまま、高耶の深層に響いてくる。 (ここはとても気持ちいいよ……譲) 伝わらないと分かっていて、高耶は変わらない親友に微笑みかけた。 傷ついた状態の譲は、それでも最後の力を直江に与えてくれる。 深層の部分で、譲は直江に全幅の信頼を置いている訳ではない。それは高耶が一番よく分かっている。それでもこうして、全てを飲み込み助力を惜しまない……高耶の為に。 きっとこの親友は変わらない、何千、何万年経ったとしても。 自分の躯を守り直江を行かせる譲の上に、高耶はふわり、と降りた。 闇戦国と言う狭い世界に置いて、譲はある意味最強である。その譲をしても、頭上に浮かぶ高耶の〝存在〟に気付く事はない。そんな様を目の当たりにし、高耶はやはり、どこでもない、未知なる空間にある己を実感する。 高耶をよろしく――― 譲の言葉に直江は、自身の胸に手を当てた。その様子を見下ろしていた高耶は、無い筈の躯に不思議と、暖かなものが染み渡ってゆく感覚を覚える。 (そうか……) 直江の体内には、高耶の魂が収まっている。小さく萎んで干乾びて、我ながら情けない魂だが、直江の内部にあるだけで、それだけで泣きたくなる程の幸福感を得られる奇跡。 (ふふふ) 何だか、こんな時だと言うのに、笑ってしまった。決戦が迫っている今、こんなにも幸せだ。それも全て、高耶の全てである男と、魂の部分で繋がっているからなのだろう。だが、 (信長……) あの男も、可哀想な人間なのだ。 今になって思うのではない、前生の頃も、同じ様に感じていた筈だ。 憎い、これは憎悪だ。そして同時に憐憫に似た想いを信長には持っていた。 状況が違っていたら、無二の友になっていた可能性を、高耶は今強く確信している。 憎悪しているくせに、あの男が高耶は、嫌いではない自分に気付いていた。 これから、直江と対峙する男。そして恐らく、滅びゆくのであろう、織田信長と言う戦国武将は。 (直江……) 複雑な気持ちを胸に、高耶は直江の後に続いたのだった。 ************************** ふわり ふわり (ふう) くるり、と宙で一回転。 どんなに荒廃しても破壊されても、やはりこの地は心地が良い。実体も魂も消滅し、唯一〝意思〟だけとなったと言うのに、高耶はゆったりした心地良さを感じていた。 (……) チラリ、と見下ろすのは、黒いスーツをきっちり着込んだ男が。 (喪服、だっけ) 初めて会った頃、そんな風に言っていた。あれからもう、とてもとても、遠い所まで来てしまった気がする。 (……) 不思議な感慨と共に、高耶は涙を流す光秀に一瞥もくれない男の頭上でくるり、と軽く回る。 (あーあ、立ち入り禁止なのになあ) 衛士に暗示をかけ、強引に進んでゆく男に苦笑してしまう。一見穏やかで人当りが良さそうなのだが、実際は、唯我独尊を地で行く人間だ。そんな直江の性質を、嫌と言う程知っている高耶は呆れ顔で笑ってしまう。 (ふふ) だが、変わらない姿に、嬉しさも確かにあった。 ふわふわと粒子の流れに乗りながら、高耶は直江の頭上を進んでゆく。 戦いは終わった、一旦終わったのかそれとも、終焉となったのか。そんなものは、謎の世界に存在している高耶に分かる筈がない。それでも確かに、信長の魂は今、この世からも冥界、そして高耶がいる世界にも存在していなかった。 浄化――― (……) それはそれは、甘美な響きだ。 疲れ果てた信長の魂は、綺羅綺羅した輝きを再び取り戻す。そして遠く……近い未来に産声を上げ、止まっていた時計の針を動かし始めるのだ。 (……) ぼんやりと、想いを巡らせていた高耶の眼下では、一本の木の前で呆然としていた。ざわめく神職達の様は、高耶の目に入っていない。 (よっと) ふわり 生まれた岩の上に、高耶はすとん、と降りてみる。 (よ、譲) 答えはない。 (おまえもここで、休んでんだな) 岩の上でしゃがみ込むと、高耶はそっと、ごつごつとした、だが不思議と暖かな岩を指でなぞった。 (ま、おまえ無敵だし。休むのなんか、ちょっとの間だよな) ふふ、と笑みを零したまま、高耶は立ち上がった。そしてとん、と音なく宙に浮かぶと、そのまま同じく、生まれ立ての木の、細い枝に腰を下ろす。 (ふふ) この木は自分自身であり、またそうではない、別物だ。矛盾しているかもしれないが、そう言う事なのである。 こうして触れていると、木の中にある何かを、極微弱であるが感じられた。 (高耶、なんだよ) ふわり、と飛んだ高耶は、涙を流す直江の頬にそっと手を伸ばした。決して触れぬ指先から、直江の内部(なか)にある〝高耶〟の音、温度が流れてくる。 (確かに〝仰木高耶〟の欠片が、木の中に巡ってるんだ) 自分の目の前に戻した指を、高耶はジッと見詰めた。 (……) 決して、直江に触れることはない指先を。 (あーあ) 苦笑し細まる黒い眸は、切なさに溢れていて。 (あーあ……) 直江は動かない、高耶もまた。 そのまま石になったような男が立ち去ったのは、伊勢の街が夕闇に包まれた頃であった。 衛士の見張所の前を通りかかった直江はふと、プレハブで建てられたその中を覗き込む。途端に、大きく肩を揺らした。 「ッ」 (直江?) 分かり易く驚愕に息を飲んだ直江の視線の先を、高耶も覗き込む。そこで見たものは、 (な……) TVの中にある自分の姿であった。それを確認した瞬間、高耶の方こそ息を止めてしまう。 (……) 気持ちを落ち着かせるよう、深く息を吐き目を伏せ、ゆっくり顎を上げる。そして自分の発した言葉を、噛み締めそして、飲み込んだ。 (直江……あれは……) 今この瞬間でさえ、誰に向けての言葉なのか、高耶は分かない……分からなかった…… ********************************** 数十年前までここ沖縄は、観光地として人気のある土地であった。夏になると日本は無論、海外からもたくさんの観光客が訪れ、南国の夏を堪能していた。 昭和から平成、そして令和と過ぎ。それから三回、否、四回程年号が変わったのか。その間、この国の荒廃は進んだ。 戦争さえ起きなかったが、独裁は進み、言論統制は気が付けば国民の自由を奪っていた。 とうとう内乱が起きる。 内戦と言うには平和的なものなのだが、それでも戦後以来初めての、大きな国内の分断であった。 銃は今でも、規制されている。警察などの、特別な職業の者のみが所有出来きた。だからこそ、混乱期にあっても、死者は極少数で済んだのだ。もっとも全ての死者が、カウントされている訳ではなかったのだが。 内乱の所為で南国のリゾートは荒廃した。土地も県も荒れ治安は悪化し〝観光地〟は消滅する。 島民も徐々に減り、残った者達も、隠れたように住み生きる時代が続いた。 治世が安定し始めたのは、そう遠い過去ではない。それでも徐々に島は美しさと共に、のんびりとした〝島時間〟を、取り戻しつつあった。 男はここに、ある場所を感じていたのだ―――約束のあの地を――― 「おや」 縁側でぼんやりしていると、一人の老婆が庭に入ってきた。勝手知ったる様子で男の横に腰を下ろすと、持っていた籠を地面に置く。 「もう起きておいでかい? いつも早いねえ」 日差しの強いこの土地では、肌の老化はとても速い。老婆も確か八十程であるが、顔だけ見ればそれ以上に見えた。それとは対照的に、とても元気で健康的である。 「綾さんこそ」 老婆は綾といい、同じ集落に住む住人だ。数年前男がこの地へやって来た当時から、良くしてくれている。 田舎とは大体に、排他的である。 ここは本州から見れば離島であり、島民の気質も穏やかで大らかだ。それでも確かに、そんな空気は少ないがあった。 老人ばかりの集落に、突然ふらりとやってきた男。しかも何と言うか、何故こんな田舎に? と疑問に思ってしまう程に端正な容姿を持っていた。それより何より、男の纏う空気は〝異質〟であったのだ。 何を言い、何をする訳でもない。それでも滲み出る凄みに似た何かは、隠しようもなかった。 周りから遠巻きにされる中、男はこの古い民家で暮らし始めた。荒れた家を直し畑を耕し、誰と交流を持つ訳でもなく、静かに暮らしていた。 そんな男の家に、最初に顔を出したのが、この綾と言う老人であった。 とうに亡くなった夫、島を捨てた子供達……綾はそれでも、元気に明るく生きていた。 殆ど口を開かない男を気にする事もなく、笑顔で話しかけ、野菜や魚を押し付け、ちゃんと食べなさい、と肩をばんばん叩いてくれた。 集落で浮いていた男がここまで馴染む事が出来たのも、単(ひとえ)に綾ばあさんのお陰である。 「年寄は早いもんだよ。あんたはまだ若いだろうに」 老婆の言葉に、男は小さく苦笑した。 「若いって……俺はもう、四十を過ぎているんですよ?」 「あははは、何を言っているんだい? 四十なんて鼻たれ小僧さ」 「鼻たれ……」 情けない言葉だがそこには、老婆の優しさが滲んでいる。 「綾さんには敵わない」 肩を竦める男に、当たり前じゃないか、と老婆は皺だらけの顔に、更に皺を寄せ笑った。 「これをね?」 老婆が持ってきた籠には、大量のゴーヤが積まれている。 「今朝採ったんだよ、ゴーヤは躯にいいからね、あんたに食べさせようと思ってね」 「え? 綾さん?」 「じゃあね、食べるんだよ?」 「え、でも」 言うだけ言うと、ゴーヤの山を置いて老婆はすたすた庭を出て行ってしまった。残された男は、ざっと見ても七、八個はある、しかも大きく立派なゴーヤだ。 「これを……」 一人でどうやって消費すればいいと言うのか…… 「……」 流石に途方に暮れてしまう。 「ふう」 それでも、男の顔には笑みが浮かんでいた。 綾―――とてもよく似た名を、遠い過去知っていた。 明るく前向きで、そして優しい……老婆はとても、彼女に似ているのだ。 あの頃は、よく覚えていない。ただとても、胸が痛かった……胸の中に抱いていた何かが…… 「……」 ゴーヤの入った籠を持ち上げると、男は家の中に入った。台所の床に置き、とりあえず一つだけ御浸しを作る。それを冷蔵庫へ入れると、そのまま部屋へ向かい、敷きっ放しの布団の上に横になった。 「ふ……」 分かり易い痛みではない。じわじわと、躯の芯から鈍い違和感が襲ってくる、そんな種類の苦痛だ。 病気の類ではない……男は悟っていた。 この症状に気付いたのは、ここへやってくる少し前だ。気付いたからこそ、男はこの地へやって来たのである。 「……」 布団の上で、閉じていた目をゆっくり開いた。薄暗い天井の木目を、ジッと見詰めながら胸に手を当ててみる。 「高耶さん」 小さな声で、男は呼んだ。 「高耶さん」 気付いたのは、つい最近である。 痛み、違和感とは別の何かを、胸の奥の方から感じるようになっていたのだ。 この感覚を、男はよく知っていた。 数十年……否、とうに百年は経ってしまった過去。なのに、まるで、昨日のように思い出せる感覚であった。 「高耶さん」 あの日、伊勢の地で、体内に抱いた魂。 彼の痩せ細った魂を、この胸で感じていられたのは、ほんの数日の間であった。あまりにも短い時間、内部(なか)で彼と、繋がっている事が出来た。 死闘であった。なのに男は、幸せだったのだ……彼の温度を、感じられる事が。 「ッ」 グリグリと、襲う内臓を抉られる不快感に、男は身を縮めた。背を丸めじっと息を詰め、痛みが去るのを待った。 「……は……」 やっと消えた痛みに、男は息を吐く。 初めの頃は、月に一度程度であった。それが二度、三度となり……今では一日に数回、襲われるまでになっていた。 近い―――肌で感じる―――